Diary
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自分の時間 98-03-25
今週は、ゆいの親戚の葬式からはじまった。
葬式という場の経験は、結婚式より多いと思う。多くの死に接することで、死を特別なものではない自分のものとして受け入れていく。そんな通過儀礼のような気がしてくる。

さて。僕は今休職中なんですけど、休みの間にやっておきたいことがいくつかあったんです。
普段会えない友人と会うこと。映画をたくさん観ること。録画しっ放しのビデオを整理すること。部屋の掃除をきちんとすること。そして3DCGの勉強をすること等々。
1カ月休んでみて、目標があまり達成できていないことに、少々しょんぼりしてしまった。時間があるようでない。ずっと家にいると、掃除したり洗濯したり、モノを整理したりと、ついつい生活しちゃうんだよね。これまで多忙をいいことに、全然生活していなかったことに気付いてしまった。
まぁ、焦ってみても仕方ないや。しっかり生活してみよう。そう考えることにした。
たぶん、いろいろ欲が出て、やりたいことをやれるようになるのは、それからなのだ。

突然、余命何ヶ月です。なんて宣告されたら、どれだけやり残したことを消化できるのだろうって考えてしまったよ。ただ時間があるだけでなく、何かをやりたいという絞り込みができるようになって、はじめて何かを始められるんだろうね。
そう考えると、自分のための時間を常日頃から持つべきだわ、って思っちゃった。

といろいろ書いてみましたが、友人と会ったり、ギャラリーを見て回ったり、週に数回はダンスに行ったりと、けっこうやりたいことはしているんだよね。妙にお金使うのが困ったことだけどさ。あはは。


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