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キャッシュ・ディスペンサー 2000-04-21

給料日直後に1ヶ月で消費する理想的な額を引き出した後、次の給料日までにだいたい1、2回金を引き出している。つまり、貯金ができるような生活をしていない、ってことなんだけど(汗)

小雨の降るこの日も、キャッシュディスペンサーで金を引き出した後、軽いため息をもらした。ため息は、残高の額面を見た時の条件反射みたいなものだけど、その時はもうひとつ理由があった。
ディスペンサーの上に置いてある他人のキャッシュカード。
これはどうしたものか。銀行なら係員を呼べば済む話だけど、そこはディスペンサーだけのスペース。そこには僕以外誰もいない。このまま僕が立ち去ったとして、次に入ってきた人間がカードをそのままにして立ち去るパターンの確率は?

僕はとりあえず、ディスペンサーの脇に取り付けられた受話器をつかみ、耳にあてた。呼び出し音がいつまでも続き、愛想のない「そのまましばらくお待ちください」の声を3回聞いた後、オペレータらしきおにいさんの声が返ってきた。これはいったいどこにつながっているんだろう?電話に出るのにこんな時間がかかるってことは、常に誰かが監視しているって訳じゃないんだ。

「どうしましたか?」
「ディスペンサーの上に、この銀行のキャッシュカードが置き忘れてあるんですけど…。」
「ご連絡ありがとうございます。申し訳ありませんが、5分ほどお時間をいただけませんか?」
「5分?」
「これから言う操作をしていただけませんか?」

なるほど。ここは完全に無人な訳ね。僕は、こういう場合どういった方法で銀行が対処するのか興味があって、快く依頼を受けた。 手順は次のようなものだった。

1. カードの番号と名前を電話で告げる。
2. ディスペンサーの「残高照会」を選択し、カードを挿入口に入れる。
3. 暗唱番号を入力する画面が現れるので、そこで「取り消し」を選択する。
4. 挿入口からカードが戻ってくる。
5. そのまま何もせずにじっと待っている。
6. するとカードを引き抜くようにという警告を促す電子音が鳴り始める。
7. その警告音が鳴りやむまでそのまま放置しておくと、カードは自動的にディスペンサーの中に吸収される。

問題は、6の警告音だった。これがけっこう長い時間鳴り続いているのだ。僕は自分がなにか悪いことをしているかのようにあたりの視線を気にしだして、思い切り挙動不審になってしまった。耳にあてた受話器から、この警告音はかなり大きく相手に響いていたことだろう。「この音が鳴りやむと、カードが機械に吸い込まれます。それを見届けるまでご協力ください。」「いつまで鳴ってるんですか?」と僕。「30秒くらいです。」こんな時の30秒は相当長く感じる。「なかなか止まりませんよ。」と僕。「そうですね。鳴りやまないですねー、なかなか。」僕はだんだん祈るような気分になってきた。たのむよ、早く止まってくれ!
限界をすこし回ったころ、音はぴたりと止み、ディスペンサーの内部でなにかが動く音がしてカードが吸い込まれていった。「吸い込まれました、カード。」僕は任務を遂行した調査員のように報告した。「ご協力ありがとうございます。後はこちらの方で対処させていただきます。」そして受話器の向こうのおにいさんは、自分の名前を告げた。こんな時に名乗られてもメモの用意はないし、覚えてなんかいられない。そして、僕の名前を聞いてきた。僕は、「手塚です」とだけ応え、「手塚さん、ですか。」と相手がメモに書き留めている風にゆっくり復唱しているのを滑稽に感じ(名字だけで何がわかるんだい?)、受話器を置いた。

僕はキャッシュカードにあった女の名前を何度か頭で繰り返しながら、駅の改札に急いだ。でもこれを書いている今、その女の名前もオペレータのおにいさんの名前もまるで思い出せないでいる。




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